コーナー紹介

地理・社会

地理・社会の一覧。フランスってこんな国!<地理編> - フランスってこんな国!<地理編>1、丘陵地に広がる田園風景、山岳地帯が地中海に迫る南部【地形】フランス(France)は非常にまとまりのいい国です。面積は日本の1.5倍ほどの約55万平方㌔㍍ですが、フランス本土ならパリから1000㌔と離れておらず、どこへでも短時間で行けます。よくフランス国土は六角形(ヘキサゴン=Hexagone)に例えられ、その左上に大小の角を2つ(ブルターニュ=Bretagneとノルマンディー=Normandie)をつけた形と形容されます。フランスの国土は、平野と緩やかな丘陵地帯が約7割を占めます。だから、人間の住める可住地は森林の多い日本の3.5倍もあると言います。特にフランス北部は大平原ですから、パリから郊外へ出て車窓に小麦畑や牧草地がどこまでも続く景観は壮大です。山脈は東部のライン(Rhin)川に沿ったヴォージュ(Vosges)山脈とジュラ(Jura)山脈がそれぞれドイツとスイスとの国境線に、南西部のピレネー(Pyrénées)山脈がスペインとの国境線となっています。フランス南部にも中央高原がイタリア方面のアルプス(Alps)山脈へと延びていて、長く交通の障害となっていたことで南フランスは独自の文化圏を持つようになりました。南フランスは平野が少ない代わりに、ブドウ畑やオリーブの低木の広がる丘が白浜の続く海岸線に迫り、その対比が地中海独特の美しい景観を作り出しています。

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観光

観光の一覧。ランス大聖堂 - ランス大聖堂(Cathédrale Notre-Dame à Reims)正式には「ランスのノートルダム大聖堂」。「ノートルダム」(Notre-Dame)は「我々の貴婦人」との意味で、聖母マリアを指します。2019年4月に火災を起こし、再建中の「パリのノートルダム大聖堂」をはじめフランスには数多くのノートルダム聖堂があります。フランク王国の始祖クローヴィスがキリスト教に改宗する際、ランス司教から洗礼を受けた故事に倣い、フランク王国が分裂した後のフランス王が歴代、ランス大聖堂にて戴冠式を行った経緯があります。ランス(Reims)はパリの北東140㌔に位置するシャンパーニュ地方の中心都市で、シャンパンの本場でもあります。パリの東駅からTGVで1時間弱で着きます。人口は20万人足らずですが、なかなかお洒落で、賑やかな街です。ランス駅からは大聖堂まで歩いても15分程度、そこまでにレストランやカフェが軒を連ねる通りや、ブランド品を扱うお洒落なブティックなどが並ぶ通りが縦横に走っています。ランス大聖堂は20世紀初頭に大修復を行っており、隣接して修復前の大聖堂にあった彫刻や宝物を展示するトー宮殿(Palais du Tau)があります。そこから1㌔㍍先には、クローヴィスに洗礼を授けた司教の遺体が安置されているサン・レミ・バジリカ聖堂(Basilique St-Remi)があり、これらが一体となって1991年にユネスコの世界遺産に登録されています。ランスの大聖堂は13世紀に建てられたゴチック様式で、左右に2つの塔が建ち、外壁に施された数々の彫刻が美しい。正面広場にはジャンヌ・ダルクの騎馬像があります。

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ワイン

ワインの一覧。フランスワインはこうして発展した - ◆フランスワインはこうして発展した皆さんは普段どんなワインを飲んでいますか?「ワインは難しい…」「ワインはよくわからない…」と何気なく飲んでいませんか?ワインを少し勉強すれば、大まかな生産エリアやブドウ品種による特徴などを掴むことができます。そして「こんなワインが飲みたい」という興味がわいてくれば、だんだん知識が深まりお店やレストランで自らワインを選べるようになっていきます。私の場合は、偶然手に取った漫画『神の雫※』がきっかけでした。私もワインを勉強したい!という気持ちが湧きあがり、職場近くのワインスクールに駆け込んでいました。最初は入門から始めるつもりでしたが、ワインスクールの講師に受験をすすめられ、ワインエキスパートの取得に向けて勉強することになりました。最初の授業のとき、分厚いテキストを目前にして衝動的に受験を選んだことを後悔しました。でも、勉強を進めるうちにどんどんワインの魅力に引き込まれていきました。また、講師やクラスメートにも恵まれたことも最後まで頑張れた理由の一つです。クラスメートとは、今でも一緒にフランスにワインの旅に行ったりしています。きっかけはあちこちに転がっています。皆さんもこのコーナーでワインの勉強を始めませんか?では、まず、ワインとは何か?から始めましょう!※『神の雫』(原作:亜樹直 画:オキモト・シュウ 講談社)は主人公である神咲雫と異母兄である遠峰一青が亡き父の遺産(至高のワイン)を相続するために遺言に残されたわずかなヒントから、父が「十二の使徒」および「神の雫」と名付けたワインの銘柄を探し当てるのを競う物語。1.ワインの味はブドウの品種や土壌が影響しやすい言うまでもなく、ワインはブドウ果実を原料として醸造したお酒です。テロワール(terroir)という言葉を聞いたことがありますか?フランス語では、農産地とくにブドウの産地を指す言葉です。ブドウの根は地下数メートルから数十メートルにも達すると言われ、その土地に含まれる成分をしっかり吸い取り、ブドウの果実に伝えます。そのブドウを直接圧搾してワインを造るので、ワインの風味にとってテロワールはとても重要な要素になります。日本酒やビールなどの穀物を原料とするお酒はデンプンを麹や麦芽を使って糖化する工程などで「水」を加えて造りますが、ワインは原則

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歴史

歴史の一覧。ジャンヌ・ダルクとナポレオンからフランスの歴史をみる - ジャンヌ・ダルクとナポレオンからフランスの歴史をみるフランスの歴史上の有名人物というと、真っ先にジャンヌ・ダルクやナポレオン・ボナパルトの名前が挙がるでしょう。二人ともフランスに攻めて来た外国の勢力を蹴散らしたのだから、フランス人にとってはなおさらでしょう。しかし、この二人は単に救国の英雄というだけにとどまりません。フランスの歴史、ひいては世界史において、大きな意味を持つ存在だったのです。1、フランスは最初は小さな国だった聖少女ジャンヌ・ダルクはイギリスとの百年戦争(1337-1453年)において、それまでイングランドに攻め立てられてジリ貧だったのを、オルレアンを解放することによってフランスを救った英雄として知られています。百年戦争については機会を改めて詳述しますが、この戦争はフランス人に初めてフランスという国家意識を芽生えさせたところに意義があります。日本ではそれより少し前の鎌倉時代に、中国・元のフビライ・ハンによる元寇の役の際に全国の武士が団結して祖国防衛に当たったことが日本国を具体的に意識するきっかけとなりました。ある民族共同体がそれを束ねた国家という意識を持つようになるのは外国からの侵略を受けたときなのかもしれません。我々現代人にとっては、フランスというと例の六角形の国土をすぐ思い浮かべますが、最初はすごく小さい国だったのです。ゲルマン民族の大移動のあと、カール大帝のもとヨーロッパに広くまたがる巨大なフランク王国ができましたが、それが3つに分裂してフランス、ドイツ、イタリアの基となったことは皆さんも世界史の時間で習ったことと思います。「フランス」の国名は、フランクのラテン語読みが訛ったものです。しかし、その西フランク王国は内部で群雄割拠状態となり、とりあえずパリ伯のユーグ・カペーがフランス王となります。しかし、このカペー王朝が後継としてのヴァロア王朝、ブルボン王朝を含めて、フランス革命が起きるまでフランス王として君臨し続けたのは不思議な気がしてなりません。なぜなら、カペー王朝の領土はパリと、オルレアンなどその周辺でしかなかったからです。カペー王朝の時代には、イギリスに近い海岸部には北欧のノルマン人が進出して(ノルマンディーの地名の由来)、イングランドまで征服(ノルマン・コンケスト)してしま

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生活

生活の一覧。パリ郊外の生活、ゆとりと多様性 - パリ郊外の生活、ゆとりと多様性フランスには、3万人程度の日本人が住んでいると言われます。ここでは、パリ郊外に娘家族が住み、孫たちの世話にこの10年ほど年に1、2回フランスを訪ねているXさんの当地での生活ぶりを紹介します。そこに、フランス社会のゆとりと多様性が見えてきます。                                       ◇      ◇      ◇Xさんの娘はパリ留学中に知り合ったイギリス人と結婚、夫の仕事の関係でパリ郊外のフーシュロー(Feucherolles)という町に住んでいます。フーシュローはパリの西30㌔にある閑静な住宅地です。パリの日本人駐在員には、ゴルフ場として名前が知られているかもしれません。お城やサッカークラブで有名な高級住宅地サンジェルマン・アン・レー(St-Germain-en-Laye)にも近いですが、フーシュローには鉄道は通っておらず車中心の生活といいます。パリは19世紀後半の都市改造によって、工場など都市景観を壊す施設が郊外に移され、それに伴って労働者もパリ郊外へとはじき出されました。現代では加えてアフリカ系移民など低所得者層が郊外に移り住み、パリ北部など治安悪化が問題視されています。しかし、パリから西に離れたこの一帯は町から一歩でると自然に恵まれ、フランスの田舎の雰囲気が残る落ち着いたベッドタウン。パリに仕事を持つミドルクラスや、リタイア世代が集まり、Xさんの娘の交友関係にはヨーロッパ各地の出身者も多いそうです。フーシュローは中世にはサント・ジェム(Sainte Gemme)という城のあった町で、今もメインストリートは18世紀、馬車が行き来していた頃の名残りで、長さ100㍍足らずの狭い道ですが、そこに役所、教会、駐車場、パン屋、カフェなどが並び、なぜか寿司屋まであります。フランス革命後に初めて統計がとられたとき200人ほどだった人口は、長い年月の間に少しずつ増え、1960年代に1000人を超えたのが、現在では3000人近くに膨らんでいます。今も緑の中の広い敷地に近代的な注文住宅や集合住宅が建設中で、その瀟洒なたたずまいは、古い面影を残すメインストリートと対照を成しています。

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フランス語

フランス語の一覧。フランス語の数字 - フランス語の数字1、数詞まず0から10まで。これは機械的に覚えるしかありません。0…zéro(ゼロ) 1…un [une](アン[ユヌ]) 2…deux(ドゥ―) 3…trois(トゥルワ) 4…quatre(カトル) 5…cinq(サンク)6…six(スィス) 7…sept(セット) 8…huit(ユイット)9…neuf(ヌフ) 10…dix(ディス)※「1冊の本」は「un livre」(アン リーヴル)。「livre」は男性名詞で、数詞は「un」。女性名詞なら、数詞は「une」。「一軒の家」は「une maison」(ユヌ メゾン)。複数になると名詞も複数形にするが、発音は基本的に変わらず。「二軒の家」は「deux maisons」(ドゥ― メゾン)。※名詞が子音で始まる場合、six(6)、huit(8)、dix(10)の語尾の子音は発音されない。cinq(5)の語尾も発音されない場合が多い。「six livres」(スィ リーヴル)。次に、11から19まで。16まではやはり、一桁の数字とは似ているもののそのまま覚えなければなりません。ただ、最後に「ze」がつくのは共通です。17から19は「10+7」、「10+8」、「10+9」の形を取ります。11…onze(オンズ) 12…douze(ドゥーズ) 13…treize(トゥレーズ)14…quatorze(カトルズ) 15…quinze(カーンズ) 16…seize(セーズ)17…dix-sept(ディセット) 18…dix-huit(ディズュイット) 19…dix-neuf(ディズヌフ)次は、20以上の二桁の数字。基本は「25」なら「20+5」で、まずは20、30、40、50、60まで。語基は一桁の数字に若干似て、語尾は「te」が普通です。20…vingt(ヴァン) 30…trente(トラーント) 40…quarante(カラーント)50…cinquante(サンカーント) 60…soixante(ソワサーント)※したがって、25は「vingt-cinq」(ヴァン サンク)。ただ21、31……の場合は、二桁の数字と一桁の数字の間に英語の「and」に当たる「et」(エ)を入れる。したがって、21は「vingt et un」(ヴァンテ アン)。また、続く名詞が

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