新型コロナウイルス、フランスの闘い

        新型コロナウイルス、フランスの闘い

                       (2020年4月3日脱稿)


新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)が止まりません。4月初めには世界の感染者数が100万人を突破、死者数も5万人を超えました。どこの国もこの騒ぎがどこまで広がるか、不安に怯えています。中国が震源地の新型コロナウイルスでしたが、今や主戦場は欧米。フランスも然り。花の都パリは“死の街”と化したかのようであり、医療崩壊の危機も全土に広がっています。ここでは、現地からの生の声も交えて、フランスのコロナ狂騒曲の現状をまとめます。


■入国拒否

世界のどこの国も目下、渡航者の受け入れを拒否する対象国をどんどん広げています。日本外務省はヨーロッパのほぼ全域について感染症危険情報の「レベル3」に引き上げ渡航中止を勧告、フランス(海外県・海外領土を含む)を含むヨーロッパ各国に2週間以内に滞在した外国人は基本的に入国拒否の対象となっています。片や、フランスはEU(欧州連合)共通の決定に従い、3月17日から30日間、EU域外からの渡航を停止する措置をとりました(EU域内の移動も必要最小限に制限されています)。

ただ、お互いに相手国に在留する自国民の帰国は認めています。だから、日本にいるフランス人の帰国は可能だし、日本人でも滞在許可証を所持していればフランスに行くことはできます。同時に、フランスにいる日本人も帰国が可能です。ただ、例えばフランス在留日本人が帰国したとしても空港でPCR検査を行われ、結果が出るまでは待機させられます。検査で陰性となったとしても、自宅などで2週間待機することや、公共交通機関を利用しないことが求められます。これでは、日本に一時帰国したいと思っても二の足を踏んでしまいますよね。パリに長年暮らす日本人男性は「日本ではまるで帰国者が感染を広げているといった論調になっている。差別されているようで、我慢ならない」と憤っています。

日本企業は現地の事情に鑑みながら、駐在員をどうやって帰国させるか、また帰国後の対応をどうするか頭を痛めています。各国の渡航制限を受けて国際線の需要は大きく減退、世界の航空会社は減便や運航停止を余儀なくされています。世界中のヒトの動きが止まり、地球全体が“鎖国状態”に陥ったかのようです。


■医療パニック

フランスの新型コロナウイルス感染者数は3月末現在で約4万5000人、死者数も3000人を超えました。1日で感染者数が5000人前後増え、それに伴って死者数も1日で500人前後となり、その数は加速度的に増えています。死者数は隣国のイタリア、スペインと合わせた3国で世界全体の約6割を占めています。感染者数をみてもその2週間前の3月中旬時点で2000人強に留まっていましたから、感染拡大の爆発ぶりが分かります。

こうした現状では医療機関の受け入れ態勢は限界に近づきつつあり、パンク寸前となっています。フランスはアルザス地方など東部地域の感染拡大が深刻で、集中治療用の病床が全く足りない状況といいます。そこで、まだ多少は余裕のあるフランス西部に空軍機や高速鉄道TGVで重症患者を搬送し始めました。重症患者の搬送は隣国ドイツへも向かっています。朝日新聞の報道では、「フランスは集中治療用の国内病床が7千床で、5千床のイタリアと同規模。ドイツの2万5千床と比べると少ない上、マスクなどの医療物資も不足している」(3月27日朝刊)としています。

大都市では死者数の増加ペースが速いと伝えられており、首都パリの死者数の伸びも加速度的と言います。当サイトの執筆者の一人、高田真希子のコンゴ人の夫の妹がパリで看護師をしていますが、「医師も含めて皆がパニック状態に陥っている」と言います。彼女が勤める病院もコロナ患者を受け入れていて、彼女自身が咳き込む症状が出て自宅待機中。また、ご主人のスペイン在住の40歳代の友人はコロナで死去し、母親の高齢の友人はブリュッセルからコンゴに帰国後に、やはりコロナで亡くなりました。さらに、パリにいる従姉は「陽性」と判断されたものの、病院に入れない状態。持病のある姪と同居してその世話を焼いていますが、抵抗力の弱い姪に感染させはしないか戦々恐々としています。

PCR検査に関しては、フランスは重症にならないと検査を受けづらい態勢となっています。ヨーロッパはかかりつけ医のいるのが普通で、これに電話相談して感染しているか否かを判断させるといいます。決定的な判断もなく「感染者」として括られるといい、熱が出ていない場合は自宅で自己管理しなければならないやり方に、不満を感じる人も多いようです。


■パリの街はいま

フランス政府は新型コロナ対策として、3月17日から15日間の外出制限令を出し、その後少なくとも4月15日までこれを延長すると発表しました。マクロン大統領のテレビ演説(3月16日)では、「野外における集会、友人や親族との会合は禁止。1㍍の距離を守り接触を避けた形での買い物、通院、テレワークが困難な場合の通勤、若干の運動といった必要な外出のみを許容。規則に反した者は罰則を受ける」(在フランス日本国大使館HPより)。と、国民に対してかなり厳しい行動制限を課しています。まさにロックダウン(都市封鎖)状態にあります。

したがって、住民は外出するのに際して逐一、移動の理由を記した自筆の証明書(ATTESTATION DE DÉPLACEMENT DÉROGATOIRE=特例外出証明書)を携帯することを義務づけられています。この証明書のフォーマットは政府のサイトからダウンロードでき、移動の理由や行き先を書き込むようになっています。

   特例外出証明書のフォーマット


街を歩いている人間をきちんと監視するために、フランス全土に警察官や兵士が動員されて検問・巡回に当たっています。警官に尋問を受けて特例外出証明書を持っていないとなれば135€以上の罰金、1カ月で4回違反すると3750€の罰金に加え6カ月以内の禁固刑も待っているからビックリです。同じフランス語学校に通う女性Xさんの娘家族がパリ郊外に住んでいて、娘が頼んでおいた何かを車で取りに行ったらパトカーに止められたそうですが、きちんと証明書を携帯していたので事なきを得たようです。パリに20年以上暮らす、通訳の高野陽子さんは「なかには自宅にいるのに耐えられず、マスクもせずに街をブラブラしている人もいるので、夜中にゴミ出しに行く以外は一切外出しないようにしている」と言います。コロナ疲れからか河岸や公園に散歩に出かける人々は後を絶たず、政府も頭を痛めているようです。

        散歩中でも警官に呼び止められる


でも、やはりパリの街全体は人影が途絶え、灯りが消えたよう。ルーヴル美術館やエッフェル搭は閉鎖中。凱旋門から伸びるシャンゼリゼ通りにも、もちろん観光客の姿はない。幼稚園から学校まで教育施設は無期限の休校状態。地下鉄は動いてはいてもガラガラ。フランス政府はまた、全国のレストランやバー、映画館など商業施設の営業を禁止しています。高野さんは「カフェやお花屋さんが閉まっているのは、パリ在住20年で初めての体験」と感慨深げ。ただ、住民の生活に欠かせないスーパーや薬局、銀行、ガソリンスタンド、タバコ・新聞販売所などは営業を許されています。しかし、スーパーやパン屋は一度に入店できる人数を制限しているため、すごい行列となっています。

      生活必需品を扱う店には行列ができる


加えて、パリ在住のYさんは「パリの街が日に日に汚くなっている気がする」と言います。愛犬2匹を散歩に連れ出すのが日々の楽しみと言い、以前から犬の糞を持ち帰らない人や、ゴミをくず籠に捨てない人が多く怒りを感じていたが、「コロナ騒ぎで街の清掃車が来る回数が減ったようで、道に落ちている糞やゴミがそのまま放置されている」と嘆いています。


■生活の変化ぶり

もはや皆、自宅待機が原則ですから、これまでにない生活を強いられています。大人は在宅勤務、子供は休校。学校はイースター(復活祭)明けの5月初めまで休校になりそうとか。それでもインターネットの発達している今日、ネット上での授業も可能で、宿題もメールを通じて送られてきます。人々はSNSを通じた語らいで孤独や不安を癒しています。

食料品などは、従来からネットショップを利用している人が多いものの、コロナ騒ぎを機に利用者が殺到、次第に配達が滞りがちになって困っているとのことです。閉鎖された市場が始めた自宅デリバリーでは、野菜や果物のチョイスができない一律の盛り合わせ。地元の農家から配達を頼んでも、葉物野菜は含まれていないとのことです。食料の安定供給に対する不安が徐々に現れています。先に挙げたXさんの娘は育ち盛りの子供を4人抱えていて、「子供の健康のためにインスタント食品は使っていないので、1日3回の食事に頭を悩ませている」とぼやきます。

当然、大人の仕事への影響も甚大です。Yさんは毎年夏前に予定されている展示会などのイベント関連の仕事が延期になって、逆にその延期対応に追われているそうです。一方、高野さんはサラリーマンとフリーランスの二足の草鞋を履いていますが、フリーランスの仕事は収入ゼロとなり、勤務先では「一時的失業者」としての扱いを受けています。フランスには休業者の賃金保証額の一部を補填するこの制度は従来からありましたが、今回これを原則2カ月間全額について国と企業が肩代わりするようにしました。他のヨーロッパ主要国も同様の措置を採っています。その高野さんは毎日、家事や読書、室内でできる体操、普段できない書類の整理などをのんびりとやっているようです。さすがに福祉大国ですね。

         ◇      ◇      ◇

ヨーロッパは今、日本よりはるかに新型コロナウイルスへの危機感を強め、厳しい対応を採っています。出口の見えない闘いに人々のイライラも募り、現地ではアジア人に対する差別行動にもつながっているようです。バスに乗っていたら、「日本人は降りろ」と言われたという逸話も伝わってきます。世界に猛威を奮う感染症に打ち勝つには、国境の枠を超えた協調が求められます。日本人も含めて自らの価値観を問い直し、人間性を試される時が招来していると感じます。

フランス事始め

政治から文化まで世界のモードを牽引してきたフランスを多面的に論じ、知識・理解を深めてもらうことで、我々の人生や社会を豊かにする一助とする。カテゴリーを「地理・社会」「観光」「料理」「ワイン」「歴史」「生活」「フランス語」と幅広く分類。横浜のフランス語教室に長年通う有志で執筆を手掛ける。徐々に記事を増やしていくとともに、カテゴリーも広げていく。フランス旅行に役立つ情報もふんだんに盛り込む。

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