新型コロナウイルス、フランスの医療現場

【緊急報告―2】

  新型コロナウイルス、フランスの医療現場~ある看護師の使命感と覚悟


                           高田 真希子

                           (2020年6月15日脱稿)


新型コロナウイルスは日本で緊急事態宣言が解除されるなど、先進諸国では外出制限の解除や経済活動の再開など規制緩和の動きが出てきています。ただ、ブラジルをはじめ新興・途上国で感染が急増、先進諸国でも「第二波」襲来への危機感を強めており、決して予断を許さない状況です。

1、活気戻るフランス、医療現場は臨戦態勢続く

全世界の新型コロナウイルス感染者数は20年6月中旬時点で700万人を超え、死者は40万人を上回っています。うち、フランスの感染者数は19万人強、死者は3万人弱。それでも一時期に比べれば感染拡大のスピードは鈍っています。そのフランスでは5月半ばに2カ月ぶりに外出制限が解除され、企業や店舗は徐々に営業を再開しています。学校も分散登校などによって授業を再開。それでもパリの地下鉄など公共交通機関では乗客間の距離を取るルールが設けられ、通勤証明などの持参を義務づけられ、マスクを着用していない者には罰金が科せられるとあって、まだまだ元の街の賑わいは戻っていません。

「医療崩壊」が叫ばれた医療現場はなおさらで、病院は相変わらず戦場の状態にあります。ここにパリの病院に勤務する私の親族を紹介します。進んでコロナ病棟の勤務を買って出て、自らも感染する怖れを常に抱きながら健気に勤務に邁進するその気概に心打たれる次第です。

2、コロナ病棟行きを打診され、家族も理解

彼女は私のコンゴ人の夫の異母兄の奥さんです。Aさん、52歳。夫と同じコンゴ人で、フランスの市民権を獲得しています。公務員の夫との間には13歳から29歳までの子供が4人います。

看護師になってすでに30年、パリ市内の病院で働いています。2月半ば、集中治療室(ICU)を備える当病院はコロナ患者を受け入れるようになり、病院側から「コロナ病棟へ行ってくれないか」と突然の打診。彼女はそこで動揺することなく、看護師としての使命を感じたようです。でも、家族は何と言うか? 早速、家族会議を開いたところ、みな心配してくれたものの、快く了解してくれたとのことです。自分が感染して亡くなる最悪の事態も想定して、預金や保険など自分所有の資産を公表し、葬儀の仕方についても相談したと言います。

病院へはマイカーで通い、目下、毎日が夜勤とのことです。仕事はコロナ入院患者の看護。フランスをはじめヨーロッパ諸国は感染がピークを迎えた3月ごろには、病院はパンク状態となっていました。呼吸困難の重症患者が次から次へと運び込まれて来る。コロナでなくとも、路上で突然倒れる高齢者も出てくる。マスクや防護服が足らずに医療従事者が高い割合で感染し、死亡する例も相次いだ。Aさんの勤務する病院も例に漏れず、仕事をしながらも覚悟を迫られる毎日とのことです。ただ、医療崩壊を食い止めるためにフランス政府は広範な活動の制限を断行したため、新規感染者数は抑制傾向にあるようです。

防護服を着用途中のAさん。この上にまだ着る


Aさんは帰宅しても、家族が感染せぬよう細心の注意を払います。夫や子供たちは暫くの間、役所や学校には行かず自宅待機を迫られていました。Aさんは帰るなり、着ていた服はすぐ脱いで徹底的に高温消毒しています。ただ、症状のない現段階では夫と寝室を別にするようなことはしていません。

パリ首都圏では北東部の県など貧困地域で新型コロナによる死亡率が高くなっています。医療や住環境を含めた経済格差が、移民の多い地域の感染率拡大とも密接な関係があるようです。アメリカで白人警官が黒人男性を絞め殺したことに全米で抗議デモが繰り広げられていますが、フランスでも警察による暴力事件があって同様の抗議デモが広がっています。過去の植民地時代の怨念が蘇っているようにも感じますが、根強い排外主義を含め人間同士の分断が進んでいるのは悲しい限りです。

3、「医療予算の削減が裏目に」

そうした物々しい世情にあっても、個々の医療従事者は一人一人の命の尊厳を第一に考えます。フランスでは政府がマスクの備蓄・調達を怠っていたとして国民の反発を招き、病院や介護施設では深刻なマスク不足に悩まされたとのことです。「マスクや防護服は現在は足りている」(Aさん)と言いますが、ほとんどが中国製のようです。中国は新型コロナウイルスの発信源ですが、自国の抑え込みにメドをつけると、マスクや防護服を各国に提供する外交を展開しています。これには、「一帯一路」構想に従って世界各国への影響力を高めようと目論むしたたかな戦略がある、と警戒する向きもありますが……。

「フランス政府は初動が遅かった。最初はコロナを軽くみていたようだ。マクロン政権は財政立て直しのために医療制度改革にも取り組んでいるが、その予算を削減したツケがマスクや防護服の備蓄の少なさを生んでしまった」(Aさん)

フランスに限らず、医療現場で働く人々の奮闘ぶりには尊敬の念を禁じ得ません。我が親族と言えど、Aさんの仕事に賭ける覚悟には畏敬の念を禁じ得ません。日本も含めて医療費抑制のために医師や看護師を十分に増やしてこなかったことを考えると、いま医療現場で働く人々の苦労は並大抵のものではないでしょう。どこの国でも医療従事者の長時間労働や、過労死が懸念されています。彼らは自らの感染のリスクを抱えながら日夜仕事に励んでいるのに、心ない人間から差別やハラスメントも受けています。彼らがその仕事にふさわしいリスペクトを受けるのを願ってやみません。

フランス事始め

政治から文化まで世界のモードを牽引してきたフランスを多面的に論じ、知識・理解を深めてもらうことで、我々の人生や社会を豊かにする一助とする。カテゴリーを「地理・社会」「観光」「料理」「ワイン」「歴史」「生活」「フランス語」と幅広く分類。横浜のフランス語教室に長年通う有志で執筆を手掛ける。徐々に記事を増やしていくとともに、カテゴリーも広げていく。フランス旅行に役立つ情報もふんだんに盛り込む。

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